ホームようこそ京都市へ京都市の組織文化市民局文化財保護課保護第二係遺跡詳細地図索引>遺跡地図台帳
史跡・名勝・天然記念物・文化財環境保全地区及び埋蔵文化財包蔵地台帳
複数地域

1〜3

北区

101〜170

上京区

201〜247

左京区

301〜435

中京区

451〜476

東山区

501〜562

山科区

601〜640

下京区

701〜722

南区

751〜785

右京区

801〜938

2001〜2112

西京区

951〜1057

伏見区

1101〜1212

参考文献
1〜100 101〜200 201〜300 301〜400 401〜500
501〜600 601〜700 701〜800 801〜900 901〜1000
1001〜1100 1101〜1200 1201〜1300 1301〜1400 1401〜1500
1501〜1600 1601〜1700 1701〜1800 1800〜
複数地域にまたがる大規模遺跡
番号 名称 種別 地図番号 所在地
1 平安京跡 都城跡 040/041/042/048/049/050/057/058/059/066/067/068/075/076/077 北区・中京区・下京区・南区・右京区にまたがる
概要  平安京は,桓武天皇の治世である延暦12年(793)に造営された。翌年には乙訓の長岡京から遷都されている。唐の都,長安を模して造営された平安京の規模は,東西1,508丈(約4,476m),南北1,753丈(約5,225m)あり,現在の京都市内に当てはめると,北限は一条通,南限は九条通,東限は寺町通,西限は天神川通の東となる。 

平安京の南辺中央には羅城門が設けられ,それより北へ幅28丈(約83m)の朱雀大路が通り,京城の北中央にある大内裏(平安宮)へと続いていた。京域は,朱雀大路を境に左京(東側)と右京(西側)に分けられ,西京とも東西・ 南北に大路・小路を基盤目状に配して地割りが設定された。地割りは大路・小路によって区画された40丈(約120m)四方を1町とし,4町で1保,4保で1坊という単位で構成されており,1坊=4保=16町ということになる。

 京内には,官寺である東寺・西寺,官営市場である東市・西市,外国使節接待施設である東・西鴻臚館などが左京・右京に対称的に配置されていたのをはじめ,禁苑として神泉苑や累代の後院である朱雀院のほか,官衙(役所)や邸宅など数多くの建物が建ち並んでいた。

平安京の特に右京は,文献などから平安京時代の中期までには,すたれはじめ,左京の方へ邸宅などが集中していったといわれるが,近年の発掘・試掘・立会などの調査結果からも,右京の特に大宮通以西では,遺構が浅くて平安前期に遡る遺構の検出例が多く,それより東側では,平安時代から中世・近世に至る重複した遺構の検出例が多い結果が出ており,文献を裏付けるものといて注目される。

平安京跡内における下層遺跡は,多くの調査結果から,弥生時代から古墳時代にわたる遺跡が数多く存在することが判明しており,平安遷都前における京都盆地内の人々の生活の一端を窺える重要な遺跡である。

参考文献 [献5・7・9・12・17・18・23・26・28・32・34・38・54・69・76・82・89・90・91・93・94・95・99・100・101・106・109・110・113・114・117・118・120・121・122・126・132・135・136・137・138・139・140・141・153・157・164・165・172・174・

175・176・177・180・181・186・190・194・195・196・198・205・206・208・209・214・219・221・230・241・243・244・246・247・248・251・252・260・264・265・266・271・280・281・282・289・290・302・323・332・357・363・

376・377・378・398・403・404・420・422・424・432・437・438・441・442・444・456・457・467・468・504・508・509・526・527・532・533・534・538・546・560・570・581・592・596・597・610・612・628・629・630・638・639・644・

647・651・655・663・665・667・683・689・690・696・697・698・699・700・701・711・717・718・727・730・738・741・743・746・754・755・767・772・773・775・776・791・792・811・812・815・820・822・823・840・845・846・854・

864・866・874・877・884・892・898・899・910・911・913・938・942・943・945・948・954・964・974・988・992・997・1000・1009・1010・1012・1013・1016・1019・1020・1021・1022・1024・1033・1035・1037・1038・1040・1049・

1050・1065・1066・1072・1076・1077・1079・1082・1086・1095・1096・1111・1113・1116・1124・1125・1128・1129・1145・1150・1156・1158・1166・1174・1176・1199・1202・1204・1207・1212・1213・1216・1221・1323・

1326・1327・1328・1333・1337・1338・1342・1349・1350・1351・1352・1357・1358・1363・1365・1365・1366・1369・1370・1372・1402・1407・1408・1409・1416・1417・1419・1421・1425・1427・1429・1439・1440・1441・

1443・1444・1447・1449・1451・1478・1480・1491・1493・1497・1498・1501・1502・1505・1507・1510・1514・1516・1519・1521・1523・1525・1526・1537・1538・1539・1540・1541・1542・1544・1545・1550・1551・1552・

1555・1556・1557・1558・1560・1581・1583・1584・1590・1591・1592・1594・1601・1606・1607・1610・1616・1618・1681・1686・1691・1692・1693・1695・1700・1702・1704・1705・1712・1719・1720・1724・1728・1730・

1731・1732・1733・1736・1739・1743・1745・1747・1749・1750・1751・1753・1754・1757・1758・1759・1760・1762・1763・1764・1766・1769・1775・1779・1784・1785・1786・1790・1794・1795・1796・1801・1802・1804・

1805・1806・1808・1809・1813]

番号 名称 種別 地図番号 所在地
2 平安宮跡 都城跡 040/041/048/049 上京区・中京区にまたがる
概要  平安宮は,平安京の正門である羅城門からまっすぐ北に延びる朱雀大路の北端にあり,大内裏又は宮域とよばれる南北に長い長方形の地域をさし,天皇の住まいである,内裏を中心に二官八省その他官衙建物が整然と配置され,国家の政治的中枢機構が集中していたところである。延暦12年(793)より造営され,『延喜式』によるとその規模は,東西384丈(約1,174m)南北460丈(約1,393m)で外側には堅固な築地がめぐらされており,朱雀大路に面しては朱雀門が開かれ,その他13門が四方に配されていた。宮内には,国家儀礼の行われる朝堂院をはじめ,豊楽院や太政官その他官衙建物が詳細図2の推定復元図のように配置されていたと考えられる。

 平安時代初めに国家の中枢として偉容を誇った平安宮も,貞観8年(866)の応天門の炎上や,その他多くの罹災を破り,安元3年(1177)の大火で朝堂院を焼き尽くし,以後は荒廃の一途をたどった。平安宮跡の位置は,現在の通り名で,北は一条通,南は二条通,東は大宮通,西は御前通に囲まれる範囲で,千本丸太町の交差点の北側が大極殿跡である。平安宮跡内の発掘調査では,豊楽殿跡・内裏内郭回廊跡・朝堂院内の建物跡などが明らかとなっていたが,近年特に内裏や朝堂院その他官衙など小規模ではあるが,平安宮を復原するうえからも重要な発掘調査の成果があがっている。判明している主要な遺構は,内裏承明門雨落構跡及び地鎮め跡群,内郭回廊・朝堂院北・東回廊・大極殿東軒廊跡・中務省築地跡及び掘立柱建物跡・造酒司南・東面築地跡及び掘立柱建物跡・民部省西・南面築地跡などである。また最近の調査では,大極殿の基壇跡や宮内で初めての検出例である井戸跡(内酒殿),さらに平安宮跡の下層から弥生時代の遺構や,古墳時代から奈良時代にかけての竪穴住居跡も検出され,また,宮跡の東半からは,聚楽第に関係するとみられる遺構も確認されている。

参考文献 [献1・3・4・7・9・12・15・18・20・37・93・96・101・140・142・159・163・166・173・181・184・204・270・273・276・283・310・325・331・332・336・338・341・342・358・367・372・391・415・425・427・458・459・460・463・488・491・

492・511・512・513・521・536・537・540・541・542・544・545・547・552・554・573・575・583・585・606・607・612・632・634・635・637・655・664・673・676・677・678・696・710・717・812・867・874・900・910・911・931・946・

947・992・1070・1086・1114・1115・1129・1150・1156・1166・1169・1174・1212・1216・1225・1228・1258・1273・1275・1278・1289・1290・1291・1299・1321・1337・1338・1341・1342・1350・1363・1364・1365・1366・1370・

1376・1396・1416・1417・1425・1427・1440・1449・1478・1491・1493・1501・1507・1510・1514・1534・1537・1538・1541・1542・1581・1582・1583・1618・1687・1695・1719・1721・1731・1743・1775・1813・1815・1816]

番号 名称 種別 地図番号 所在地
3 長岡京跡 都城跡 091/092/093/100/101/102/108/109/110/115/116/117 南区・西京区・伏見区にまたがる
概要  長岡京跡は,京都盆地の南西部,東又は南東に緩やかに下がる丘陵地帯にあり,東西4.3km,南北5.3kmの規模を有している。現在の行政区では,京都市・向日市・長岡京市・大山崎町の3市1町にまたがっている。

 桓武天皇が延暦3年(784)に平城京から遷都し,延暦13年(794)の平安京遷都までの10年間と短命ではあるが都として存在していた。

 近年,大都市近郊の宅地開発のブーム等により急速に市街地化が進んでいる中で,昭和29年の長岡京朝堂院会昌門跡の発掘調査を皮切りに,今日に至るまで数多くの発掘調査が実施されている。長岡宮跡内では,朝堂院・内裏・諸官衙など,長岡京跡内では,大路・小路・官衙・邸宅など数多くの遺構が検出されており,10年間の短命な都といえども,都としての機能が相当整っていたことが明らかとなっている。

 京都市域には,長岡京跡の東側3分の1が入っており,近年特に工事・学校・宅地造成など規格的大規模な土木工事を伴う開発が進出し,それに伴って発掘調査件数も増加する傾向にある。平成12年には,二棟の大規模な正殿建物を持つ東院跡が発掘調査により明らかとなり,話題となった。

長岡京跡内で検出される遺構は,長岡京造営に関する土木工事の実態や住民の生活を知るうえからも重要なものであり,特に短命の都であることから,出土遺物ながは年代決定に有効性が高い資料である。また最近の調査結果から,長岡京跡の下層から縄文時代の遺構や遺物包含層,弥生時代から古墳時代にかえての竪穴住居跡,古墳時代の水田跡や畦畔,流路跡などの遺構や遺物が検出される事例も増加しており,長岡京跡下層の広範囲に長岡京以前の遺跡が分布しているものと考えれる。

参考文献 [献24・244・268・269・282・292・293・303・367・395・428・434・470・503・506・514・538・550・561・582・589・591・595・616・647・668・695・715・721・741・748・827・883・910・917・952・992・1086・1105・1110・1129・1135・1156・

1168・1174・1185・1235・1254・1275・1276・1280・1304・1320・1321・1331・1334・1337・1338・1341・1359・1363・1365・1367・1370・1377・1401・1416・1417・1432・1433・1434・1435・1440・1449・1456・1457・1493・1498・1501・

1507・1516・1520・1537・1542・1583・1595・1596・1603・1618・1703・1717・1718・1719・1721・1731・1743・1746・1782・1779・1807](長岡京に関する文献については,基本的に京都市域内に関するものに限定している)

特に地域を定めない京都府登録 天然記念物
番号 名称 種別 地図番号 所在地 概要
ハッチョウトンボ 天然記念物(登録) 府内全域(特に地域を定めず) 日本産トンボ科中で最小の種。体長18mm内外。
ギフチョウ 天然記念物(登録) 府内全域(特に地域を定めず) アゲハチョウ科ギフチョウ属の一種。市内ではほとんど見られない。
オヤニラミ 天然記念物(登録) 府内全域(特に地域を定めず) スズキ科ケツギョ属の淡水魚。由良川・桂川水系が東限。
特に地域を定めない京都市指定 天然記念物
番号 名称 種別 地図番号 所在地 概要
ミナミイシガメ 天然記念物(指定) 市内全域(特に地域を定めず) 本州では京都盆地にのみ生息する沼ガメ。