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西京区 |
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| 国指定 史跡・名勝・天然記念物 |
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| 遺跡番号 |
名称 |
時代
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種別 |
地図 |
所在地 |
備考 |
| A |
951 |
天皇の杜古墳 |
古墳中期 |
史跡 |
73 |
御陵塚ノ越町 |
大正11.3.8指定。 10,234.71平米,全長83mの前方後円墳で京都市内では最大級の規模。平成2〜5年度にかけて保存整備事業を実施。[献412・1221・1321・1337・1344・1496] |
| A |
952 |
西芳寺庭園 |
- |
史跡 ・特別名勝 |
64 |
松尾神ケ谷町 |
大正12.3.7指定。 16,912.39平米,通称苔寺,夢窓疎石の手になる庭園。平成6年世界遺産に登録。[献1446] |
| A |
953 |
嵐山 |
- |
史跡 ・名勝 |
37/45/46/54/55 |
嵐山 |
昭和2.4.8指定。 5,991,074.1平米,渡月橋付近一帯の景勝地。(右京区も含む)[献1321・1363・1370・1410・1416・1430・1440・1531・1542・1694 ・1731・1767・1779・1787・1813] |
| A |
954 |
樫原廃寺跡 |
奈良前期 |
史跡 |
82 |
樫原内垣外町 |
昭和46.3.1指定(平成10.12.8追加指定)。9,752.09平米,奈良前期の寺院跡。伽藍南半部は史跡公園。[献298・395・407・408・501・828・904・955・1089・1235・1425・1450・1453・1501・1507] |
| A |
955 |
遊龍松 |
- |
天然記念物 |
268 |
大原野小塩町 |
昭和7.4.19指定。 1本 横枝全長44mの五葉松。 |
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| 市指定 史跡・名勝・天然記念物・文化財環境保全地区 |
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| 遺跡番号 |
名称 |
時代
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種別 |
地図 |
所在地 |
備考 |
| C |
956 |
月読神社境内 |
- |
史跡(指定) |
64 |
松室山添町15,10-2ほか |
平成5.4.1指定。 2,976.3平米,松尾大社の境内摂社で天月読命を祭神とする延喜式内社である。壱岐氏が海神として壱岐島に奉ったものを当地に移したとされる。[献1332] |
| C |
957 |
福西古墳7号及び10号墳附縄文時代遺物包含層 |
古墳 |
史跡(登録) |
82 |
大枝北福西町4-2(福西遺跡公園内) |
昭和58.6.1登録。 650.39平米,古墳時代後期の円墳2基を整備保存,下層は縄文時代遺物包含層。
[献485・973]
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| C |
958 |
大歳神社境内 |
- |
史跡(登録) |
90 |
大原野灰方町575 |
平成7.3.30登録。 4,213.04平米,大歳神を祭神とする延喜式内社。[献1346・1393] |
| C |
959 |
大枝山古墳群(6〜12,15,16,18〜21号墳)附14号墳 |
古墳後期 |
史跡(指定) |
72 |
御陵大枝山町 |
平成12.4.1指定。10,186.86平米,円墳20基以上からなる群集墳の内,13基を現地保存,1基を移築保存。
[献35・412・797・1086・1174・1177・1221・1500・1513・1521]
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| C |
960 |
極楽寺庭園 |
- |
名勝(指定) |
65/74 |
桂久方町32-1ほか |
昭和62.5.1指定。 330平米,江戸時代後期の築山林泉庭。[献1160] |
| C |
961 |
地蔵院庭園 |
- |
名勝(登録) |
64 |
山田北ノ町23 |
昭和62.5.1登録。 441平米,方丈建築の南に広がる平庭枯山水。[献1160] |
| C |
962 |
松尾大社のカギカズラ野生地 |
- |
天然記念物(指定) |
55/64 |
嵐山宮町 |
昭和59.6.1指定。 326,323平米,南方系の植物カギカズラ野生地の北限。[献1087] |
| D |
963 |
浄住寺文化財環境保全地区 |
- |
文化財環境保全地区 |
64 |
山田開キ町 |
昭和59.6.1指定。 13,131平米,周辺地域の自然とよく調和した環境を有する。[献1087] |
| D |
964 |
地蔵院文化財環境保全地区 |
- |
文化財環境保全地区 |
64 |
山田北ノ町10ほか |
昭和62.5.1指定。13,387平米,竹林で囲まれた山の麓に平庭枯山水庭園を中心に優れた境内環境を維持する。[献1160] |
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| 埋蔵文化財 |
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遺跡番号 |
名称 |
時代
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種別 |
地図 |
所在地 |
備考 |
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965 |
松尾山古墳群 |
古墳後期 |
古墳 |
55/64 |
嵐山(元禄山町・宮町)・松尾谷松尾山町・松室北松尾山 |
松尾山の尾根筋から谷筋にかけて点在する古墳群である。西芳寺川古墳群と同様に従来は山田古墳 ・松尾谷古墳群 ・松尾大社西方古墳群 ・松尾山古墳群と呼称していたものを,その後の古墳群の相次ぐ発見により一括したものである。[献412・476] |
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966 |
西芳寺川古墳群 |
古墳後期 |
古墳 |
63/64 |
松尾(南松尾山 ・北松尾山・神ヶ谷町) ・松尾谷松尾山町 ・下山田上園尾町 ・山田南松尾山 |
西方寺川に沿って点在する古墳群である。従来は上流から北松尾古墳群 ・ボウジョウ古墳群 ・上園尾古墳群 ・神ヶ谷古墳と呼称していたものであるが,新たに古墳群が発見されたことから一括名称に変更した。[献412・476・1495・1500] |
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967 |
西芳寺古墳群 |
古墳後期 |
古墳 |
64 |
松尾神ケ谷町 ・松室地家山 |
桂川西岸で最大規模の群集墳である。円墳(径約10m ・高約3m)43基が点在する。内部主体は横穴式石室で現在3基が開口している。[献412・418] |
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968 |
松尾十三塚古墳群 |
古墳 |
古墳 |
55/64 |
松室追上ゲ町・嵐山宮ノ前町・松室中溝町 |
現状は宅地であるが,かつて十三塚と呼ばれた古墳群が存在した。[献1459] |
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969 |
衣笠山古墳群 |
古墳後期 |
古墳 |
64 |
山田桜谷町 |
標高約90m。丘陵の尾根筋に円墳2基点在。1基(1号墳)は,墳丘径20m ・高さ3mの両袖式の横穴式石室である。1基(2号墳)は墳丘径12m ・高さ3mで横穴式石室の天井石が露出している。[献298・476] |
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970 |
上ノ山古墳 |
古墳後期 |
古墳 |
64 |
松尾上ノ山町 |
標高40m。円墳(径10m ・高0.5m)。 |
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971 |
穀塚古墳 |
古墳中期 |
古墳 |
64 |
山田葉室町 |
全壊。前方後円墳で全長40.5m,葺石や埴輪を有し内部構造は竪穴式石室。近年の立会調査で周濠を確認する。
[献52 ・60 ・70 ・298・418・1216]
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972 |
清水塚古墳 |
古墳 |
古墳 |
64 |
山田畑田町 |
全壊。前方後円墳。 |
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973 |
天鼓の森古墳 |
古墳中期 |
古墳 |
65 |
上桂(森上町 ・森下町) |
全壊。上桂中学校敷地に隣接する前方後円墳。[献1174] |
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974 |
山田桜谷古墳群 |
古墳中期 |
古墳 |
64 |
山田桜谷町 ・下山田下園尾町 |
昭和61年発見。標高120m前後の丘陵稜線部に2基点在する。1基は全長約50mの前方後円墳で,他の1基も同程度の前方後円墳と考えられている。採集された埴輪から5世紀中葉から後半の築造と推定。[献1156・1210・1236・1265] |
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975 |
嵐山城跡 |
室町 |
山城跡 |
54 |
嵐山元禄山町 |
標高 381mの嵐山山頂を中心にして築かれた山城である。明応6年(1497)山城守護代となった香西元長の築城と考えられている。山頂周辺には本丸跡,曲輪跡などが残り,石垣が約2m程度露呈している。[献399・789・856・1091・1380] |
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976 |
蔵王神社城跡 |
室町 |
山城跡 |
55 |
嵐山元禄山町 |
嵐山山頂から桂川に張り出す標高約120mの尾根上に平坦面を削りだして築城。嵐山城の出城か。[献1097] |
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977 |
法輪寺境内 |
奈良 |
寺院跡 |
55 |
嵐山(虚空蔵山町・中尾下町) |
嵐山の渡月橋を西に渡った山麓にある。和銅6年(713)元明天皇の勅願により行基が開創したとされる。[献765・1622] |
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978 |
嵐山谷ヶ辻子町遺跡 |
平安 |
散布地 |
55 |
嵐山(谷ヶ辻子町・内田町・上海道町・茶尻町・薬師下町) |
大半が名勝嵐山と重複する平安時代の遺跡。瓦を多量に含む溝などを立会調査で発見している。[献1430] |
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979 |
松尾大社境内 |
奈良 |
神社 |
55/64 |
嵐山(宮町・宮ノ前町) |
『延喜式神名帳』の松尾(まつのおの)神社二座。大宝元年(701)秦忌寸都里が社殿を創建したと伝える。
[献765・1346・1622]
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980 |
松室遺跡 |
弥生〜飛鳥 |
集落跡 |
64 |
松室(河原町 ・中溝町 ・北河原町) |
松尾神社の南東方,桂川が東へ向きを変える付近の右岸に立地する集合遺跡で,昭和58年に発見された。弥生時代:竪穴住居4戸 ・土壙4基 ・溝1条。古墳時代前期:竪穴住居4戸 ・溝多数。古墳時代後期?飛鳥時代:掘立柱建物4棟 ・土壙2基 ・大溝(「葛野大堰」の分流)・溝多数。[献1025・1086・1129・1363] |
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981 |
桂徳大寺町遺跡 |
室町 |
堤跡 |
65 |
桂徳大寺町 |
小学校建設に伴う発掘調査で石積みの堤防跡を4筋発見した。[献1129] |
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982 |
沓掛古墳群 |
古墳後期 |
古墳 |
72 |
大枝沓掛町 |
標高130?145m。光仁天皇皇后陵(高野新笠)へ至る参道の両側に円墳4基が点在。 |
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983 |
大枝神社古墳 |
古墳後期 |
古墳 |
72 |
大枝沓掛町 |
大枝神社境内。円墳(径約11m ・高約2m)横穴式石室の天井石が露出している。 |
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984 |
大枝山古墳群 |
古墳後期 |
古墳 |
72/73 |
御陵大枝山町 |
円墳25基からなる群集墳で,桂川右岸では,西芳寺古墳群に次ぐ規模を有する。宅地開発に伴って8基の古墳が調査された。古墳には周濠がめぐり,墳丘径は13m級と20m級の大小に大別できる。墳丘前面には葺石をめぐらせるものもある。主体部は横穴式石室で片袖式,両袖式の両方がある。なお,調査対象以外の古墳の内14基は公園として整備 ・保存。
[献35 ・412・476・797・1086・1174・1177・1221・1500・1513・1521]
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985 |
塚原古墳群 |
古墳後期 |
古墳 |
73 |
大枝(塚原町 ・中山町) |
標高110〜120m。淳和天皇御母陵に近接して円墳2基点在。 |
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986 |
鴫谷古墳 |
古墳後期 |
古墳 |
73 |
御陵鴫谷町 |
標高80m。円墳。主体部は横穴式石室。全壊か。[献1235] |
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987 |
山田車塚古墳 |
古墳 |
古墳 |
73 |
山田車塚町 |
円墳。全壊か。 |
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988 |
南荒木古墳 |
古墳後期 |
古墳 |
74 |
御陵南荒木町 |
全壊。円墳。 |
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989 |
沓掛城跡 |
室町 |
山城跡 |
図9 |
大枝沓掛町 |
国道9号線の老ノ坂の南を通る旧山陰街道の老ノ坂峠に接した二つの山頂(標高約320m)から南側斜面に築城。山頂部は上下二段の平坦面を造り主郭とし尾根筋に沿って曲輪・堀切を造る。峠を挟んだ両斜面には,石垣を伴う曲輪が造られている。
[献1097・1755]
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990 |
大江ノ関跡 |
平安〜江戸 |
関跡 |
72 |
大枝沓掛町 |
老ノ坂峠の手前に設置された関所。 |
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991 |
伊勢講山古墓 |
奈良 |
墓跡 |
72 |
大枝沓掛町 |
全壊。木棺直葬(高0.9m ・長2.61m ・幅1.51m)。[献418・478] |
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992 |
法華山寺跡(峰ケ堂城跡) |
鎌倉〜室町 |
寺院跡 |
64/73 |
御陵(峰ケ堂 ・峰ケ堂町 ・細谷) ・山田谷田山 |
法華山寺と呼ばれ,大永7年(1527)に炎上し,廃絶後,峰ヶ堂城が築かれた。寺は建保7年(1219)から貞応元年(1222)の間に証月房慶政が建立したと伝えられる。一方,城跡は『東寺百合文書』中に「峯城」との記載箇所がある。現在,曲輪 ・土塁 ・石垣 ・井戸などが残る。城跡の主郭部分は円丘になっており,南側に石材が散乱していることから,横穴式石室をもった古墳の可能性が指摘されている。[献789・1235・1265・1347・1389] |
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993 |
山田谷田山古墓群 |
室町 |
墓跡 |
64 |
下山田下園尾町 ・山田谷田山 |
山の西斜面の平坦地に五輪塔 ・石仏 ・埋甕が散在する。[献1347] |
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994 |
宇治宿祢墓 |
奈良 |
墓跡 |
72 |
大枝塚原町 |
全壊。小石を敷いた墓壙内に蔵骨器を納めた石櫃を据え,粘土を積む。小石室から出土した墓誌により宇治宿祢の墓と判明した。[献40 ・42 ・669] |
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995 |
盆山経塚 |
平安後期 |
経塚 |
73 |
樫原盆山町 |
昭和26年に多量の瓦経が発見されたが遺構は未確認。[献225 ・226 ・227 ・228 ・1235] |
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996 |
桂城跡 |
室町 |
平城跡 |
74 |
桂久方町 |
中路氏の居城。[献1097] |
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997 |
革嶋館跡 |
鎌倉〜室町 |
平城跡 |
74 |
川島(玉頭町 ・粟田町) |
土豪革嶋氏の居館で,桂川右岸の平野部に位置する。[献399・709・ 789] |
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998 |
福西古墳群 |
古墳後期 |
古墳 |
82 |
大枝(東長町 ・中山町 ・東新林町二丁目 ・北福西町) |
小畑川の左岸段丘面に立地。南半部は洛西ニュータウン建設時に消滅。現在,十数基が点在。内部主体は横穴式石室。[献35 ・316・384・418・451・485・520・1261・1280・1458・1500・1779] |
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999 |
百々池古墳 |
古墳前期 |
古墳 |
82 |
樫原(百々ヶ池 ・秤谷町) |
全壊。円墳(径50m)割石積竪穴式石室。一本松塚古墳に次いで築造された樫原地域の代表的な首長墓である。[献53] |
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1000 |
一本松塚古墳 |
古墳前期 |
古墳 |
82 |
樫原(百々ヶ池 ・勝後谷 ・大亀谷) |
半壊。前方後円墳(全長約100m)。割石積竪穴式石室。山城地方最古の古墳の一つ。出土鏡の竜虎獣帯鏡は兵庫県吉島古墳出土鏡と同笵である。[献53 ・418] |
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1001 |
権現原古墳 |
古墳後期 |
古墳 |
82 |
樫原権現原 |
全壊。福成寺の西側斜面。土壙墓の可能性が大きい。 |
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1002 |
塚ノ本古墳 |
古墳後期 |
古墳 |
73 |
樫原塚ノ本町 |
全壊。高円寺境内。円墳(径30m)。 |
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1003 |
三重古墳 |
古墳後期 |
古墳 |
83 |
川島三重町 |
全壊。円墳。 |
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1004 |
東山古墳群 |
古墳後期 |
古墳 |
82/91 |
大枝(南福西町二丁目 ・北福西町二丁目) [向日市]物集女町 |
向日市との市境に点在する円墳6ないし7基からなる古墳群。1基は墳丘径3.96m ・高さ11.6m,葺石あり。[献35] |
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1005 |
寺戸大塚古墳 |
古墳前期 |
古墳 |
91 |
大枝南福西町二丁目 [向日市]寺戸町 |
半壊。前方後円墳。全長95m・後円部径54m・同高10m・前方部幅45m・同残高3m。葺石,埴輪列あり。後円部三段,前方部二段築成。竪穴式石室2基(前方部 ・後円部),後円部より出土した三角縁神獣鏡は百々池古墳出土鏡と同笵関係にある。[献64 ・70 ・250 ・412・418・479・1435・1504] |
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1006 |
妙見山古墳 |
古墳前期 |
古墳 |
91 |
大原野東野町 [向日市]寺戸町 |
前方後円墳。全長 115m・後円部径69m・同高8m・前方部幅58m・同高5m。葺石,埴輪列あり。後円部に竪穴式石室,前方部に粘土槨,竪穴式石室は,組合式石室を安置し,その東側に小石室を設ける特異な構造を有する。三角縁神獣鏡ほか出土。[献61 ・250・418・479・1707] |
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1007 |
牛廻り古墳 |
古墳後期 |
古墳 |
91 |
大原野上里北ノ町 |
円墳(径約50m)。二段築成。周濠 ・葺石 ・円筒埴輪。[献35 ・111] |
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1008 |
大原野東野町古墳 |
古墳 |
古墳 |
91 |
大原野東野町 [向日市]寺戸町 |
妙見山古墳の南側に位置。直径10mほどの円墳か。 |
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1009 |
大枝遺跡 |
旧石器 ・縄文前期 |
散布地 |
82 |
大枝北福西町一丁目 |
洛西ニュータウン内。遺跡範囲は南北400m ・東西200m。[献436・452・ 465] |
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1010 |
樫原廃寺跡 |
奈良前期〜平安前期 |
寺院跡 |
82 |
樫原(杉原町 ・内垣外町 ・前田町) |
中門跡 ・塔(八角形)跡 ・回廊跡 ・築地跡などを検出。伽藍配置は八角瓦積基壇の塔を中心に,南側に中門,周囲に回廊と築地を廻らせる。塔跡の北に金堂跡と推定される土壇がある。伽藍中心部南側は史跡指定。
[献298・395・407・408・501・828・904・955・1089・1235・1425・1450・1453・1501・1507・1684]
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1011 |
樫原遺跡 |
弥生〜中世 |
集落跡 |
73/74/82/83 |
樫原(岡南ノ庄 ・釘貫 ・里ノ垣外町・杉原町・内垣外町・前田町・塚ノ本町・田中町・角田町・畔ノ海道・平田町) |
北へ落ち込む谷状の遺構の肩口から9世紀前半の遺物が大量に出土。掘立柱建物跡や井戸を検出している。
[献1124・1129・1235]
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1012 |
樫原廃寺瓦窯跡 |
奈良前期 |
瓦窯跡 |
82 |
樫原(内垣外町・岡南ノ庄・権現原) |
樫原廃寺史跡公園の南方丘陵斜面で窖窯2基(全壊),さらに公園の西側山裾で焼土層や灰層を立会調査で新たに発見。発見状況から3基以上の窯の残存が予想される。[献1235] |
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1013 |
下津林遺跡 |
弥生〜古墳 |
散布地 |
74/83 |
川島(莚田町 ・松ノ木本町 ・五反長町) ・下津林(水掛町 ・六反田町 ・八島 ・佃 ・番条) |
弥生時代後期の竪穴住居2戸 ・溝2条を発見している。また古墳時代の遺物が散布する。
[献412・1261]
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1014 |
外畑城跡 |
室町 |
山城跡 |
図9 |
大原野外畑町 |
小塩山の背後,丹波へ抜ける街道に面した山の尾根先端に築城。城は2箇所に分かれ郭 ・曲輪 ・堀切が良好に残る。
[献1097]
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1015 |
大暑山古墳 |
古墳 |
古墳 |
81 |
大原野北春日町 |
標高約315m。円墳。 |
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1016 |
中街道遺跡 |
奈良〜室町 |
集落跡 |
81 |
大原野北春日町 |
奈良時代から室町時代にかけての建物跡などを発見している。[献1039] |
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1017 |
小塩山遺跡 |
奈良〜平安前期 |
散布地 |
261 |
大原野南春日町 |
標高300m付近。祭祀跡か。 |
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1018 |
金蔵寺境内 |
奈良 |
寺院跡 |
264 |
大原野石作町 |
小塩山の中腹に在り。養老2年(718),元正天皇の勅により開創。[献765] |
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1019 |
丸尾古墳 |
古墳 |
古墳 |
264 |
大原野石作町 |
半壊。石室のみ完存。 |
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1020 |
勝持寺古墳群 |
古墳後期 |
古墳 |
81/261 |
大原野南春日町 |
勝持寺境内に円墳3基(2基は全壊)。寺の裏山の尾根筋に円墳3基が点在する長嘯塚古墳を含む。 |
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1021 |
大原野窯跡群 |
- |
窯跡 |
|
大原野 |
大原野石作町から小塩町にかけて広がる丘陵に点在する須恵器窯跡 ・緑釉陶器窯跡である。 |
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1021-01 |
大原野南春日町窯跡 |
奈良 ・平安中期 |
窯跡 |
90 |
大原野南春日町 |
全壊。須恵器窯。 |
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1021-02 |
明治池須恵器窯跡群 |
平安前期 |
窯跡 |
90 |
大原野灰方町 ・石作町山地 |
明治池に面した丘陵の南斜面に須恵器窯3基以上が点在。[献838] |
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1021-03 |
花ノ戸窯跡 |
平安中期 |
窯跡 |
90 |
大原野石作町 |
丘陵の南斜面。別名善峰寺1号窯。 |
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1021-04 |
井谷窯跡 |
平安中期 |
窯跡 |
90 |
大原野小塩町 |
丘陵の南斜面。別名明治池4号窯跡。 |
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1021-05 |
小塩窯跡群 |
平安中期 |
窯跡 |
99/90 |
大原野小塩町 |
分布 ・試掘調査により窯跡が5基あると推定されている。[献992] |
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1021-06 |
てんぶつこ池窯跡 |
平安中期 |
窯跡 |
99 |
大原野小塩町 |
丘陵の南斜面で灰原を確認。 |
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1021-07 |
前山窯跡 |
平安中期 |
窯跡 |
99 |
大原野小塩町 |
別名大向2号窯。窖窯?窯体が壁面に露出。 |
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1021-08 |
西鉢伏窯跡 |
平安中期 |
窯跡 |
99 |
大原野灰方町 |
丘陵の西斜面。別名大向1号窯。 |
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1021-09 |
石作窯跡 |
平安中期 |
窯跡 |
99 |
大原野石作町山地 |
昭和54年に発掘調査を行い,緑釉陶器窯2基を検出する。窯の平面形は一辺約1mの三角形を呈する。[献876] |
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1021-10 |
南春日町花寺窯跡 |
- |
窯跡 |
81 |
大原野南春日町 |
勝持寺(花の寺)南方の斜面において窯跡1基を発見。 |
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1022 |
大原野神社遺跡 |
旧石器・平安 |
神社・散布地 |
81/90 |
大原野南春日町 |
小塩山東側山麓の低い丘陵上に立地する旧石器の散布地。また大原野神社は,その創建が長岡京遷都にまで遡るとされ,境内地からは平安時代の瓦が出土している。[献426・465] |
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1023 |
大原野神社東方古墳 |
古墳後期 |
古墳 |
81 |
大原野南春日町 |
標高約110m。円墳。石室の石材が露呈する。 |
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1024 |
安岡遺跡 |
室町 |
集落跡 |
81/90 |
大原野南春日町 |
ホ場整備に伴う調査で室町時代の建物跡などを発見している。 |
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1025 |
大原野野田城跡 |
室町 |
山城跡 |
81/90 |
大原野南春日町 |
大原野神社の東方の丘陵先端に築城。[献1097] |
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1026 |
円山古墳群 |
古墳後期 |
古墳 |
90 |
大原野石作町 |
円墳2基点在。1基は全壊。他の1基は横穴式石室の一部が残存。[献21・1156] |
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1027 |
八幡宮古墳群 |
古墳後期 |
古墳 |
90 |
大原野石作町 |
長峰八幡宮本殿下に1基(半壊 ・横穴式石室),その西方に1基(全壊 ・陶棺出土),また東方にも1基あり。[献872・914] |
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1028 |
長峰城跡 |
室町 |
山城跡 |
90 |
大原野(石作町 ・灰方町) |
灰方城と同様に丹波にぬける旧道に面して造られた城。[献1097] |
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1029 |
南春日町片山遺跡 |
奈良 ・鎌倉 |
集落跡 |
90 |
大原野南春日町 |
昭和59年の試掘調査において,奈良時代の竪穴住居1棟,中世の溝2本が検出された。[献872・914・1370] |
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1030 |
南春日下西代遺跡 |
鎌倉 |
集落跡 |
90 |
大原野南春日町 |
発掘調査で鎌倉時代の建物跡,室町時代の堀跡などを発見。[献872・ 914・1337・1338・1363] |
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1031 |
下西代古墳群 |
古墳後期 |
古墳 |
90 |
大原野南春日町 |
ホ場整備によって発見された古墳群で2基を発掘調査。円墳で横穴式石室。1基は玄室内に小石室を設けた特殊な構造を有し,移築保存を図った。[献1321・1337・1338・1363・1370・1500] |
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1032 |
大戸遺跡 |
平安〜室町 |
集落跡 |
90 |
大原野(南春日町 ・灰方町) |
ホ場整備に伴う調査で平安時代から室町時代にかけての建物跡を検出。[献872・914・1150・1174・1235・1321] |
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1033 |
南春日町遺跡 |
平安〜室町 |
集落跡 |
81/90 |
大原野南春日町 |
平安時代から室町時代にかけての掘立柱建物 ・柱穴 ・柵列 ・土壙 ・井戸 ・溝などを多数検出。
[献799・992・1086・1105・1129・1309・1337・1416・ 1440・1451]
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1034 |
南春日町廃寺 |
奈良〜平安 |
寺院跡 |
90 |
大原野南春日町 |
昭和56年の発掘調査で塔跡 ・掘立柱建物1棟 ・溝 ・土壙などが検出され,寺院跡であることが判明した。塔に使用されていた瓦は小型で特異である。[献782 ・799・830・927・1015] |
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1035 |
灰方城跡 |
室町 |
山城跡 |
90 |
大原野灰方町 |
丹波にぬける旧道に面して造られた小野氏の居城。[献1097] |
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1036 |
灰方古墳群 |
古墳後期 |
古墳 |
90 |
大原野(灰方町 ・小塩町飛地) |
円墳9基点在。墳丘径10m前後。横穴式石室。ほぼ全壊。[献1478・1500] |
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1037 |
大道古墳 |
古墳後期 |
古墳 |
91 |
大原野西竹の里二丁目 |
全壊。洛西ニュータウン内。円墳。[献77] |
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1038 |
石見上里古墳 |
古墳後期 |
古墳 |
91 |
大原野上里北ノ町 |
全壊。円墳(径7.2m ・高1.8m)。横穴式石室。[献77] |
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1039 |
鏡山古墳 |
古墳中期 |
古墳 |
91 |
大原野上里北ノ町 |
半壊。円墳(径30m ・高8m)。三段築成で埴輪,葺石を伴い,出土品の中で石製模造品の豊富さは山城地方随一である。[献11 ・13 ・55 ・412・418] |
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1040 |
上羽古墳 |
古墳後期 |
古墳 |
91 |
大原野上羽町 |
半壊。標高60m付近。円墳。 |
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1041 |
大原野松本遺跡 |
奈良 |
館跡 |
90/91 |
大原野灰方町 |
平成8年にホ場整備事業に伴う発掘調査によって新たに発見された遺跡である。遺跡は整然と並ぶ奈良時代の建物群によって構成されていることから,官衙的な性格を持った郡衙や駅家などが想定されている。[献1440] |
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1042 |
上里北ノ町遺跡 |
古墳〜室町 |
散布地 |
91 |
大原野(上里北ノ町 ・上里南ノ町 ・上羽町 ・石見町) |
詳細は不明。
[献873 ・914・1803]
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1043 |
上羽城跡 |
室町 |
山城跡 |
91 |
大原野上羽町 |
善峰川の左岸段丘上に築城。[献1097] |
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1044 |
上里城跡 |
室町 |
平城跡 |
91 |
大原野上里南ノ町 |
物部氏の居城か。[献1097] |
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1045 |
石見城跡 |
室町 |
平城跡 |
91 |
大原野石見町 |
善峰川の右岸段丘上に築城。[献1097・1811] |
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1046 |
大原野石見遺跡 |
旧石器・縄文〜古墳 |
散布地 集落跡 |
91/100 |
大原野(石見町・上羽町) |
長岡京跡や芝古墳群と一部重複する遺跡。以前から旧石器時代の石器散布地として知られ近年の立会や試掘調査では,縄文から弥生・古墳時代にかけての土器などが出土している。[献1493] |
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1047 |
上里遺跡 |
平安〜室町 |
集落跡 |
91 |
大原野(上里男鹿町 ・上里南ノ町 ・上里鳥見・上里勝山町・石見町) [長岡京市]井ノ内 |
平安時代の掘立柱建物跡 ・溝跡,中世の掘立柱建物跡 ・溝跡 ・土壙などを検出している。
[献1370・1717・1718・1807]
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1048 |
芝古墳群 |
古墳 |
古墳 |
91/100 |
大原野(石見町 ・上羽町 ) [長岡京市]井ノ内 ・今里飛地 |
前方後円墳1基(全長32.6m)。方墳1基(一辺12m・高2m)。円墳12基が点在。円墳5基は長岡京市側。横穴式石室。[献412] |
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1049 |
向鉢伏古墳 |
古墳後期 |
古墳 |
100 |
大原野石作町山地 |
全壊。円墳(径10m ・高2 ・5m)。横穴式石室。 |
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1050 |
向山古墳群 |
古墳後期 |
古墳 |
99/100 |
大原野石作町山地 |
半壊。円墳2基点在。横穴式石室。 |
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1051 |
南鉢伏古墳群 |
古墳後期 |
古墳 |
99 |
大原野小塩町 ・石作町山地 |
標高150〜200m。円墳(径約14m)。4基点在。 |
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1052 |
狐棚古墳群 |
古墳後期 |
古墳 |
99 |
大原野小塩町 |
標高約160mの丘陵頂部に円墳2基。 |
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1053 |
石作経塚 |
平安後期 |
経塚 |
90 |
大原野石作町山地 |
[献31 ・765] |
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1054 |
善峰寺境内 |
平安中期 |
寺院跡 |
268 |
大原野小塩町 |
海抜300mの山腹に立地。隣接する三鈷寺と同様に天台僧源算が長元3年(1030)に造営する。[献80・765] |
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1055 |
善峰寺経塚 |
平安後期 |
経塚 |
268 |
大原野小塩町 |
善峰寺境内。塚上宝篋印塔地下30cm石室。大正14年発掘。[献80] |
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1056 |
三鈷寺境内 |
平安中期 |
寺院跡 |
268 |
大原野小塩町 |
善峰寺の北にあり,長元年間(1028?37)に天台僧源算が往生院として開創したのが始まりとされる。[献765] |
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1057 |
巡礼塚古墳 |
古墳後期 |
古墳 |
73 |
山田(箱塚町・平尾町) |
全長約50m,後円部径約27mと推定される前方後円墳。円筒埴輪,鉄刀,鋲留短甲,眉庇付冑などが出土している。
[献418・1825]
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