二の丸御殿平面図
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 国宝二の丸御殿には3000面以上の障壁画が遺され、そのうちの1016面が、昭和57年に国の重要文化財(絵画)に指定されました。

 二の丸御殿には、車寄側から、遠侍・式台・大広間・蘇鉄の間・黒書院・白書院が雁行型に連なっています。白書院を除くとすべての棟の内部が、金箔をはった画面に鮮やかな岩絵具などで描かれた金碧)障壁画で装飾されています。御殿とともに桃山時代の華麗な様式を今に伝える貴重な文化財です。 

 これらの障壁画は、築城当初(慶長3年[1603年])に描かれたものではなく、寛永3年(1626年)の後水尾天皇の行幸のために二条城が大改築された際に、幕府御用絵師であった「狩野探幽(かのうたんゆう)」をリーダーとする「狩野派」という絵師集団によって新たに制作されたものです。

   ※二の丸御殿では、現在、大広間、黒書院の全体および白書院の一部を、模写障壁画とはめ替えています。
     原画は、「築城400年記念 展示・収蔵館」で保存し、不定期に公開しています。

遠 侍 式 台 大広間 黒書院 白書院 杉 戸 模写・保存 展示・収蔵館
遠侍
・勅使の間 青楓図

 勅使の間は朝廷からの使者を迎える大切な場所です。上段側は、金地の源氏雲のなかに鮮やかな緑と朱の葉が映える青楓に緩やかな水景を添えて、爽やかな初夏の景観をあらわしています。
 
  勅使の間 青楓図【部分】  
 
・老中三の間 雪中柳鷺図【部分】

 遠侍は二条城へ参上した大名たちの控えの間です。
この襖には虎と豹が仲良く水を飲んでいる様子が描かれています。このころの障壁画には、よく虎と豹が一緒に描かれていますが、豹は召すの虎と考えられていたのです。つまりこの二頭はカップルですね。
 虎の絵は近世になるとしばしば御殿の玄関近くに描かれるようになります。二条城のほかに、名古屋城本丸御殿の玄関にも「竹林豹虎図」が描かれていますが、訪れる人を威圧するためだったといわれています。
 
  二の間 竹林群虎図【部分】  
 
式台
 
  勅使の間 青楓図【部分】  
 
・老中三の間 雪中柳鷺図

 式台は,式台の間・老中一の間・老中二の間・老中三の間の四つの部屋で構成されています。そのうちの老中の間三室は,式台の間の北側に隣接しています。
 老中たちの詰め所だったといわれるこれらの部屋は、長押上は白壁、天井は板張りという簡素な造りになっています。
 一の間と二の間には、春から秋の景に雁が舞う様子、この三の間には霜枯れし、うっすらと雪化粧した柳に数羽の鷺が宿る静かな冬の情景が描かれています。
大広間
・勅使の間 青楓図

 大広間一の間と二の間は、二の丸御殿の中でもっとも公的な対面所です。一の間は他の部屋よりも一段高くなった上段の間で将軍が座るところです。一の間と二の間の境には仕切りがなく、大名たちは下段の間とも呼ばれる二の間に座って将軍に対面しました。二の間には、大きな松とともに、吉祥をあらわす孔雀が描かれています。
 
   
 
・勅使の間 青楓図

 大広間四の間には、一羽の鷲と二羽の鷹が描かれています。この障壁画は、二の丸御殿の中でももっとも有名なものです。勇壮な猛禽類がいかにも将軍に似つかわしいからでしょう。巨大な松や渓流も描かれており、大広間の中でもっとも桃山時代の雰囲気を色濃く残している障壁画です。
 この部屋には将軍上洛の際に、武器類が収めされたと伝えられています。
 
   
 
黒書院
 
   
 
・黒書院一の間 桜花雉子図【部分】

 黒書院は,江戸時代には「小広間」と呼ばれていました。文字通り、大広間よりひとまわり小さく、内輪の対面所として使用されました。一の間には早春をあらわす梅とつぼみを残した桜が描かれ、二の間に描かれた満開から散り初めの桜と躑躅は仲春から晩春への移り変わりを表しています。黒書院には、このように季節感にあふれた花鳥が描かれています。また、大広間のように長押の上下を連続した画面とはせず、まったく別の画面とすることによってバリエーション豊かな画面展開となっています。
白書院
・勅使の間 青楓図

 白書院は、将軍が休息するところで、江戸時代には御座の間と呼ばれていました。二の丸御殿のほかの建物と違って、一の間から四の間まで水墨画が描かれています。一の間と二の間の山水図は、中国の名勝である「西湖」を描いたものと伝えられています。しっかりとした筆づかいと執拗なまでに打ち込まれた点苔(小さな植物や苔を示す点々)が特徴的です。
 
   
 
障壁画の保存について

重要文化財二の丸御殿障壁画は、制作から400年近くを経て絵の具の剥落や褪色、紙の劣化・損傷が進んでいます。
 二条城では、現在、障壁画を永く保存するために、古色復元模写と原画の保存修理の二つの事業に取り組んでいます。

古色復元模写

 古色復元模写とは、伝統的な素材と技術を用いて制作当初の姿を復元し、御殿に調和させるために、一定の古色をつける二条城独自の模写方法です。
 二条城の障壁画模写は、昭和47年以来、日本画家の方々が伝統的な材料と技法を用い、日本美術史の専門家の監修の下に、当時の姿を復元するために慎重な検討を重ねて制作しています。
 模写事業は、原本の保存だけでなく、伝統的な絵画技術の伝承という大きな役割も担っています。
 完成した模写障壁画は順次原画と嵌め替えています。現在、二の丸御殿大広間、黒書院の嵌め替えが完了し、白書院の一部も嵌め替えを行っています。

障壁画修理事業

 二条城では、平成13年度から国の補助を受けて障壁画修理保存事業に着手しています。
 平成14年度からは、黒書院の障壁画修理を行っています。平成18年度からは、規模を拡大して年間20面前後の修理を行っています。
 重要文化財だけで1000点近くある障壁画修理には膨大な時間と経費がかかりますが、貴重な文化遺産を次代に伝えるために着実に事業を継続していきます。
 修理を終えた障壁画は、「築城400年記念 展示・収蔵館」で順次公開する予定です。

 このページに関するお問い合わせは下記までお願い致します。
 京都市文化市民局元離宮二条城事務所(075−841−0096) 京都市中京区二条通堀川西入二条城町541番地