粟田口

HI016

あわたぐち
石碑(0007400)石碑周辺(0007403)

 粟田口は,三条通の白川橋以東,蹴上附近までの地名。平安遷都以前から粟田郷と呼ばれ粟田氏が本拠としていた。遷都後は,東海・東山・北陸三道から京都への入口として交通の要衝となった。京の七口の一つで,三条口・三条橋口・大津口ともいわれた。近世には,東海道五十三次の終点近くとして賑わった。平安末期以来この附近には刀鍛冶が住み,また陶磁器粟田焼の産地として知られた。この石標は粟田口を示すものである。

所在地東山区神宮道通三条下る東側(粟田小学校前)
位置座標北緯35度00分33.0秒/東経135度46分57.2秒(世界測地系)
建立年1970年
建立者京都市
寸 法高113×幅18×奥行18cm
碑 文
[西]
粟田口
[北]
昭和四十五年三月   京都市
調 査2002年2月19日
備 考

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