中沼了三先生講書所

NA001

なかぬまりょうぞうせんせいこうしょのところ
石碑(0004975)石碑周辺(0004968)

 中沼了三(1816〜96)は,隠岐出身の儒学者で,上洛して学び,師の鈴木恕平亡き後この地に学舎を開いた。勤皇家でたびたび投獄されたが屈せずに人材を育成した。維新後も教育者として活躍し,新政府軍の参謀・天皇の侍講・昌平黌教授等を勤めたが,上層と合わず官を辞した。この石標は中沼了三の塾跡を示すものである。

所在地中京区烏丸通夷川下る東側
位置座標北緯35度00分53.3秒/東経135度45分35.2秒(世界測地系)
建立年
建立者竹間教育会
寸 法高107×幅18×奥行18cm
碑 文
[西]
中沼了三先生講書之所
[北]
竹間教育会
調 査2002年2月6日
備 考

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