木戸孝允旧跡

NA056

きどたかよしきゅうせき
石碑(0005609)石碑周辺(0005612)

 維新の指導的政治家であった木戸孝允(1833〜77)は明治政府高官となり,鴨川畔の近衛家邸を買い取り京都別邸とした。明治10(1877年)5月19日,京都別邸で危篤に陥った木戸を京都滞在中の明治天皇が見舞いに訪れたが,木戸は同月26日に死去。この邸には孝允没後その子忠太郎が住み,昭和18(1943)年京都市に寄贈され,現在は市職員厚生施設となっていて,敷地南端部分に孝允が没した木造二階建て家屋が残る。この石標は木戸邸の位置を史跡として示すものである。
 碑文中「文部大臣聖蹟に指定し」というのは,昭和8年に史蹟名勝天然紀念物保存法により明治天皇聖蹟に指定されたことを指す。この碑は大正5年に京都市教育会が建立したNA158(木戸孝允邸址)を範として,NA102と同様,後年に建てられたものであろう。

所在地中京区土手町通竹屋町下る(石長本館松菊園前)
位置座標北緯35度00分54.5秒/東経135度46分10.5秒(世界測地系)
建立年
建立者
寸 法高115×幅18×奥行18cm
碑 文
[西]
木戸孝允旧跡
[東]
大正五年九月建之   京都市教育会
[南]
明治十年五月十九日孝允病篤く聖駕の臨幸有り同月
廿六日薨去す時に四十五才文部大臣聖蹟に指定し記念館
として保存される当邸は元近衛家河原御殿なりしを
明治初年孝允譲受京都別邸となす
調 査2002年2月4日
備 考文部省編刊『史蹟調査報告第八輯 明治天皇聖蹟』(1935年3月刊附図)による指定時の現況図はここ(朱は本サイト編者)

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