時代祭
文化史27

じだいまつり
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時代祭と平安神宮

 時代祭は,葵祭・祇園祭と並ぶ京都三大祭の一つで,平安神宮の祭礼として,毎年10月22日に行われています。平安神宮は,明治28(1895)年の平安遷都千百年紀念祭に際して創設されました。「紀念」は「記念」と同じ意味で,明治の頃は主に「紀念」の文字を用いていました。

 当初,平安京の基礎を築いた桓武天皇(かんむてんのう,737〜806)の偉業を讃えようと,平安宮大極殿の跡地(千本丸太町周辺)に大極殿を縮小した神殿を設ける計画が出されましたが,断念,その後,平安遷都千百年紀念祭の一環として明治28年に実施される第4回内国勧業博覧会で,博覧会の紀念殿として現在地(左京区岡崎西天王町)に大極殿を復元する計画に変更されました。

 しかし,紀念祭協賛会からの申し立てで,神社として神殿が建造され,神号を平安神宮(当初は平安神社)・社格を官幣大社と決定,東京の皇居から桓武天皇の神霊が遷(うつ)され祀られました。

 その後,幕末に朝廷の威信回復に尽力し,京都を首都として再認識させた孝明天皇(こうめいてんのう,1831〜66)も,昭和15(1940)年に合祀され,現在に至っています。

どんな祭り?

 現在の時代祭は,京都御所から平安神宮を目指す祭列で,明治維新から平安時代までの20列あり,その列ごとに各時代の京都と関係の深い人物が当時の風俗に身を包む形式をとっています。

 第1回は,明治28(1895)年に平安遷都千百年紀念祭の奉祝行事として,10月25日に実施されました。

 その時は時代行列と呼ばれ,延暦時代の文官参朝列・延暦時代の武官出陣列・藤原時代の文官参朝列・城南流鏑馬列(やぶさめれつ)・織田信長上洛列・徳川城使上洛行列の年代順で六列が設けられ,現在と同様,平安神宮を維持するために各学区ごとに編成された崇敬団体,平安講社(へいあんこうしゃ)の人々が行列に参加しました。また,丹波国北桑田郡・南桑田郡・船井郡から山国隊(やまぐにたい,鼓笛隊)と弓箭組(きゅうせんぐみ)も参加しました。なお,衣装の考証には出雲路興通(いずもじおきみち)・碓井小三郎(うすいこさぶろう)・水茎磐樟(みずくきいわくす)などがあたりました。

 この祭礼は,翌明治29年から平安神宮の祭礼となり,新たに桓武天皇の神霊を奉じる神輿の神幸列が加わり,天皇が平安京に車駕を遷した10月22日に行われるようになりました。さらに祭列は,山国隊・弓箭組を先頭に,徳川城使上洛列から時代を遡り,最後に調理組と神幸列がつく現在とほぼ同じ順列となりました。こうして,第2回行列から,神輿の行列に各時代の衣装で供奉する形態が成立したのです。

 大正10(1921)年,経済的理由から山国隊が参加を中止したため,平安講社の人々が,維新勤王隊と名を改めそれを継承しました。また,昭和7(1932)年には楠公上洛列(なんこうじょうらくれつ)や豊公参朝列(ほうこうさんちょうれつ)が加わりました。そして,昭和15(1940)年に孝明天皇が合祀された後,神輿が2基となりました。第2次世界大戦中の昭和19年以降,祭列は中止されましたが,戦後の同25年に復活し,同時に各時代の女人列も加えられ,さらに,昭和41年の孝明天皇百年祭以降,幕末志士列が加わりました。

 現在では,祭列が18列,参加者は2000人余り,衣装・祭具は1万2000点を超えています(以上は平成15年段階)。さらに,平成19年には室町時代執政列と室町風俗列列が新たに参加し,時代祭はますます発展の様相を呈しています。

明治28(1895)年の第一回時代行列の様子
平安講社

 平安講社は,平安神宮と神苑,さらには時代祭の維持や崇敬者の組織化を目指して,明治28(1895)年に平安遷都千百年紀念祭協賛会幹事会が設立を提案,発足しました。

 講社の組織は,当時の京都の行政区分に従い京都市上京区・京都市下京区・愛宕郡(おたぎぐん)・葛野郡(かどのぐん)の4地区を,6「社」に区分しました。なお,各社は,学区ごとの「組」から構成されています。

 その後,市域の拡大に伴う学区の独立や増加などで,平安講社は拡張しました。しかし,戦後,新しい時代に適した組織への改変が求められ,一度解散し,その後再出発を行いました。

 そして現在も,平安講社は時代祭の運営,さらに祭具や衣装の修理・保管などに尽力しています。

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時代祭の行列―概要と担当区域
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京都御苑を行く行列
維新勤王隊列
平安神宮応天門に向かう豊公参朝列
白川女献花列

 午前8時に桓武天皇・孝明天皇の神霊をのせた神幸列が平安神宮の楼門(応天門)を出発,京都御所の建礼門前の行在所(あんざいしょ)へと巡幸し,そこで,行在所祭が行われます。

 その後,神幸列は,正午に建礼門前を出発して平安神宮へ還幸します。その際に各時代の衣装を身にまとった人々が供奉する行列が,現在私達が目にする時代祭です。

 その行列は,現在では神幸列を含め20列からなり,各列の終わりには,時代の装束と関係なく,各講社の人々が沢山行列しています。

  1. 維新勤王隊列(いしんきんのうたいれつ):丹波国北桑田郡山国村(京都市右京区京北)の人々が務めた山国隊が原形,現在は第8社区域(中京区朱雀学区)が務めます。

  2. 幕末志士列(ばくまつししれつ):坂本龍馬(さかもとりょうま)・桂小五郎(かつらこごろう)など24人の志士で構成,京都青年会議所の有志が務め,昭和41年に加えられました。

  3. 徳川城使上洛列(とくがわじょうらくれつ):即位の礼や年始の表啓など京都における重要な儀式に,江戸幕府が将軍の名代として遣わした大名列,元々は徳川上使と書かれていました。第六社区域(下京区・南区)が務めます。

  4. 江戸時代婦人列(えどじだいふじんれつ):和宮(かずのみや)・吉野太夫(よしのだゆう)・出雲阿国(いずものおくに)などの列,祇園東・宮川町のお茶屋組合が一年交替で務めます。

  5. 豊公参朝列(ほうこうさんちょうれつ):慶長2(1597)年9月の豊臣秀頼(とよとみひでより)元服の際に,伏見城から御所へ参内する豊臣秀吉(とよとみひでよし)の一行を表した列,秀吉は,牛車に乗っていると設定されているため,行列には姿は見えません。第十社区域(伏見区)が務めます。

  6. 織田公上洛列(おだこうじょうらくれつ):正親町天皇(おおぎまちてんのう)の命を受けて,尾張の織田信長のもとを上洛要請に訪れた立入宗継(たてりむねつぐ)と,永禄11(1568)年10月に上洛を果たした信長と家臣達の列,第五社区域(東山区・山科区と中京区・下京区の一部)が務めます。

  7. 室町幕府執政列(むろまちばくふしっせいれつ):室町幕府将軍足利(あしかが)氏を中心に,三管領(さんかんれい)・四職(ししき)をはじめとする官僚がしたがう列です。平成19年から新たに参加した列で,第九社区域(右京区・西京区)が努めます。

  8. 室町洛中風俗列(むろまちふうぞくれつ):室町時代の町衆によって催された風流(ふりゅう)踊りを再現した列。平成19年から新たに参加した列で,深草室町風俗保存会が努めます。

  9. 楠公上洛列(なんこうじょうらくれつ):正慶2(1333)年6月に隠岐・伯耆から還幸する後醍醐天皇を兵庫に出迎え,上洛の先駆を務めた楠木正成(くすのきまさしげ)と弟正季(まさすえ)を中心とする列,第九社区域(右京区・西京区)が務めます。

  10. 中世婦人列(ちゅうせいふじんれつ):淀君(よどぎみ)・静御前(しずかごぜん)や大原女(おはらめ)・桂女(かつらめ)などの列,上七軒歌舞会が務めます。その内,大原女・桂女は,大原農協婦人会・桂及び桂東婦人会有志が扮しています。

  11. 城南流鏑馬列(じょうなんやぶさめれつ):承久3(1221)年5月の承久の乱に際して,後鳥羽上皇が城南宮の流鏑馬にかこつけて畿内周辺の武士を召した時,それに応じて上洛した武士達を表した列,第四社区域(中京区・下京区の一部)が務めます。

  12. 藤原公卿参朝列(ふじわらくぎょうさんちょうれつ):藤原氏の全盛期である摂関期の貴族が朝廷に参る様子を示した列,第三社区域(上京区・中京区の一部)が務めます,

  13. 平安時代婦人列(へいあんじだいふじんれつ):紫式部(むらさきしきぶ)・清少納言(せいしょうなごん)・小野小町(おののこまち)・巴御前(ともえごぜん)などの列,祇園甲部歌舞会と先斗町(ぽんとちょう)お茶屋組合が一年交替で務めます。

  14. 延暦武官行進列(えんりゃくぶかんこうしんれつ):延暦20(801)年に征夷大将軍坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)が都を出陣する様子を表した列,第二社区域(北区・左京区・上京区・中京区の一部)が務めます。

  15. 延暦文官参朝列(えんりゃくぶんかんさんちょうれつ):延暦15(796)年元日,平安京大極殿で行われた朝賀儀に参る文官の様子を示した列,第一社区域(北区・上京区の一部)が務めます。

  16. 神饌講社列(しんせんこうしゃれつ):行在所祭・神宮本殿祭に神饌を献ずる列,京都料理組合の有志が務めます。

  17. 前列(ぜんれつ):神幸列を警備する列,第七社区域(左京区の一部)が務めます。

  18. 神幸列(しんこうれつ):桓武天皇・孝明天皇の2基の神輿とその前駆を司る神職などで構成,平安神宮が司ります。

  19. 白川女献花列(しらかわめけんかれつ):白川女風俗保存会が務めます,昭和43年から加わりました。

  20. 弓箭組列(きゅうせんぐみ):神幸列の後を警備する列,第1回の行列から変わることなく南桑田郡(現亀岡市)・船井郡(八木町)有志が務めます。
時代祭行列順路

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