月下氷人石

HI019

げっかひょうじんせき
石碑(0027669)石碑周辺(0027670)

 江戸時代には迷子を探す手だてとして,石碑の片側に迷子の名前等を書いた紙を貼り,情報を持っている人が反対側にその情報を書いた紙を貼るという習俗があった。京都では誓願寺の迷子しるべ石北野天満宮の奇縁氷人石,そしてこの月下氷人石が著名である。
 もともと拝殿の東,忠盛灯篭と同じ結界内(中之島)にあり,幕末に刊行された『東山名勝図会』にも描かれている。神社の「平成大修営」により平成8年9月現在地に移された。なおこの碑を仲人を意味する「月下氷人石」とよんだ由来は不明であるが,現在では通称として普及している。

所在地東山区祇園町北側(八坂神社南楼門外)
位置座標北緯34度00分10.2秒/東経135度46分42.0秒(世界測地系)
建立年天保10年
建立者(祇園社カ)
寸 法高190×幅85×奥行40cm
碑 文
[東]
神燈
[西]
天保十年己亥初秋建之
去る庚寅年の頃より五穀の実のり少く丙申歳になつては
雨いたう降つゝき米価いよ@@【畳字記号】貴く是に因てよるへなき輩の
日々に餓かなしめる有さまを見るに忍かたけれは
心あらん人々と相議いて教諭所より
公に願ひ三条の河原に仮に救小家を造て養おき
病るには医薬をもあたえはた便よき方に場を分ちて
米銭を施ける事も全く
大御代の御仁恵と仰き奉る余に此後とてもかゝる事の
あらんには今後にまさりて施の行れん事をかしこくもこの
祇園の広前に額つきて共に祈り奉れるよしを
天保十年己亥霜月にかくは記し侍りぬ
[南]
尋方      宿坊      長吏
                           宝光院
[北]
教方      奇縁によりて世人の
               なけきを救はんとす
調 査2007年8月11日
備 考

位置図
位置図

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